第168回天皇賞(秋)──競走馬の完成形 イクイノックスとディープインパクト
競走馬の完成形を見た。現地にいたが、1.55.5という数字を確認したときの衝撃は忘れないだろう。レース内容の「濃さ」はレース直後に理解したものの、時計を見た瞬間は「怖い」という感情が先に湧き上がった。
数十分後、57.7-57.5というラップを知り、「怖さ」の正体を解釈できた。ジャックドールがつくった57.7のペースをガイアフォースが離れず追走し、そう離れない3番手を追走した馬が57.5で上がる。やや玄人向けの表現になるが、シルポートが56.5で逃げたあの天皇賞秋で、3番手を追走したエイシンフラッシュがそのまま押し切ってしまうイメージだ。
この記事が当ブログで圧倒的に読まれているようなので、以下はよりわかりやすく編集した(2025年3月8日)
強さの根源──ウインドインハーヘアの底力
いわゆる「欧州スタミナ血統」とは、つまるところ、”英国の”スタミナ血脈だ。その正体を突き詰めれば、Pretty Pollyという名牝と種牡馬Hyperionにたどりつく。この名馬の解説は識者やほかの記事に譲るとして、イクイノックスを語る上では、ディープインパクトとブラックタイドの母ウインドインハーヘアに触れざるを得ない。
ウインドインハーヘアの牝系は2022年に逝去した英国のエリザベス2世が所有したピカピカの”ロイヤルブラッド”だ。特にウインドインハーヘアの母Bureghclereは、父系がPretty Pollyの血を引く種牡馬Donatelloを引き、母母HighlightがHyperion3×2だ。ウインドハーヘアハーヘアはほかにもスタミナや底力を伝える血(Court Martial〜Lyphardなど)を併せ持っているが、もっとも根源的な因子はPretty Polly〜DonatelloとHyperionだろう。
キタサンブラックの血統的本質
さて、そんなハーヘアの息子、ブラックタイドを父に持つキタサンブラックへと話を移す。キタサンブラックの母シュガーハート。その父は短距離王者サクラバクシンオーだ。母父がスプリンターだから距離が持たないと言われたが、そんな意見はきわめて表層的で、血統的な本質をとらえていない。
サクラバクシンオーの母父は大種牡馬ノーザンテーストで、Pretty PollyとHyperionを併せ持つ牝馬Lady Angera3×2という異質なクロスを持つ。ノーザンテースト産駒は、その脅威的な成長力から「3度成長する」と言われたが、その因子は紛れもなくLady Angera3×2だ。シュガーハートはさらに、母オトメゴコロがPretty Polly血脈の種牡馬Worden、そしてLyphardを内包する。これらがハーヘアと脈絡して、キタサンブラックの底力と粘着力=抜かせない力を発現させたのだ。私から見れば、キタサンブラックはウインドインハーヘアなのである。
Hyperion、Pretty Polly、Lyphardを3代継続
そして、この稿の主題であるキタサンブラックの子、イクイノックスだ。
イクイノックスの母母ブランシェリーはトニービン×NureyevでHyperionの塊だ。そしてブランシェリーの3代母父Le FabuleuxがPretty Pollyを内包している。さらにイクイノックスの母シュガーハートは、父キングヘイローを通じてLyphardを持っている。つまり、イクイノックスは、ブラックタイド→キタサンブラック→イクイノックスと、3代続けてHyperionとPretty Polly、そしてLyphardを継続クロスしているのだ!
(ここからは読み飛ばしてもらい、下記の紫部分に飛んでもらって構わない)
なぜディープとイクイは斬れるのか
だが、イクイノックスはこうした英国スタミナ血脈が豊富でありながら、筋肉はディープインパクトのように品があり、柔らかい。1年目の天皇賞(秋)では、ディープのように斬れに斬れ、パンサラッサを差し切った。
ディープインパクトが柔らかい筋肉を持ち、あれだけ斬れたのは、サンデーサイレンスが持つHaloと母父Alzaoが持つSir Ivorのニアリークロスによるものだ(HaloとSir Ivorは同血ではないが、血統構成が非常に似ている)。
さて、イクイノックスの母父はキングヘイローだ。キングヘイローはHaloとSir Ivorを併せ持つ。さらに2頭と似た血統構成のDroneも内包し、Drone≒Halo≒Sir Ivor3・2×3という異常な(?)ニアリークロスを持つ。これらがブラックタイドのHalo≒Sir Ivorと脈絡し、ディープのような体質を受け継いだのだろう。そして、これら全ての血統的因子が絶妙に発現した結果、私たちは“ディープのように切れてキタサンブラックのように持続する”名馬を目撃しているのだ。
ディープインパクトが天皇賞(春)の「4角先頭ひと捲り」で評価をより高めたのはなぜか。それはディープの本質が「斬れ」「瞬発力」ではなく、ウインドインハーヘア譲りの心肺機能(スタミナ)にあることを明らかにしたからだ。そしてイクイノックスの本質もまた、22年天皇賞(秋)の「32.7」ではなく、23年の「57.7-57.5」──その源泉はウインドインハーヘア、つまりPretty PollyとHyperionなのだ。
Hyperion的な心肺機能
「Hyperion的な心肺機能」という例でわかりやすいのは、若い頃に追い込みで善戦を繰り返したハーツクライやジャスタウェイが、先行してから見せた豹変ぶりだ(ハーツくらいの有馬、ドバイシーマやジャスタウェイの秋天やドバイターフ)。しかし、ハーツクライやジャスタウェイが追い込んでいた時にタイトルを取れなかった。一方で、ディープインパクトやイクイノックスは、追い込み”でも”G1を勝ち切ってしまった。それが最強たるゆえんなのかもしれない。加えて両馬は内回りで行われる有馬記念でのコーナリングも美しかった。米国の伝説的名馬Secretariatも直線とコーナーでは走法が変わったといわれている。思い返せば、オルフェーヴルもそんな馬だった。俗な表現になるが、いま「最強馬論争」に名を挙げるならこの3頭なのだろう。
(編集ここまで)
──以下は馬券的側面からの雑感です
週中はジャスティンパレスのNureyev的ナタ斬れに期待していた。明らかにコーナリングが苦手だが、阪神内回りの菊花賞も好走、有馬記念は外差しバイアスながら最内追走ながら地力を見せ、宝塚でも崩れなかった。だからコーナー加速が求められない府中なら末脚の破壊力は増すという見立てだった。だが、直前になってガイアフォースの複勝に変更した。8Rの本栖湖特別で2400m=2.22.8という好時計が出て、マイルの一線級で差のない競馬をしてきた同馬に魅力を感じたからだ。
と同時に、脳裏に浮かんだのは3歳のアーモンドアイが2.20.6という驚異的なレコードで制した18年のジャパンカップだ。
本来、ハイペースならジャスティンパレスのナタ斬れが炸裂するはずだが、2000mであまりにも時計が速すぎると(2000m以上を使われ続けたことも相まって)スピードの絶対値や追走力で劣るのではないか──。18年のジャパンカップでは、安田記念にも出走し2000mベストに思えるスワーヴリチャードが、より長い距離に適性を持つシュヴァルグランに先着した。スピード決着になったため、本来は持続力やスタミナが求められるはずの2400mのハイペースでも、スピードがスタミナに優ったのだ。
今回の天皇賞もこの発想で、スタミナ(ジャスティンパレス)よりもスピード(ガイアフォース)を上位にとった。ただスローペースの上がり勝負になれば(≒時計勝負にならなければ)クロノジェネシスやフィエールマンが追い込んできたように、長めの距離に適性を持つジャスティンパレスの差し込みもあり得ると考えていた。
結果的にジャスティンパレスがこの時計に対応してナタの斬れ味を発揮し、ガイアフォースはジャックドールのペースに付き合う形となり5着に敗れた。ジャスティンパレスは斬れの質がジャングルポケットと同質(Nurevey)で東京2400mも楽しみだが、相手がイクイノックスとリバティアイランドだ。ガイアフォースはよく走ったと思うだけに、ドウデュースあたりの位置取りで流れに乗った世界線を見たかった。